御来訪ありがとうございます。
(引用は黒 管理人コメントは青)
国有財産統計 平成22年度

と、民営化されてしまっていました。
会社概要
退職公務員等の役員就任状況について(PDF)
経済産業省が3人、国税庁が1人
日本アルコール産業株式会社(にっぽんアルコールさんぎょう)は、日本アルコール産業株式会社法(平成17年法律第32号)に基づいて、酒税法で規定されている酒類ではない発酵アルコール(工業用アルコール[1])の製造販売等を行う特殊会社。
2006年(平成18年)4月1日 - 新エネルギー・産業技術総合開発機構のアルコール製造部門が独立し、日本アルコール産業株式会社が発足。2008年3月31日 - 同年1月の財務省による株式売出しの結果、日本アルコール販売の子会社となった
日本アルコール販売
役員選任のお知らせ
有報リーダー
日本アルコール販売株式会社 の有価証券報告書
大株主の状況
平成24年3月31日現在
氏名又は名称 | 住所 | 所有株式数 (千株) | 発行済株式 総数に対する 所有株式数 の割合(%) |
日本合成アルコール㈱ | 川崎市川崎区浮島町10-8 | 321 | 3.06 |
〇〇〇〇 | 〇〇〇〇 | 321 | 3.06 |
第一アルコール㈱ | 中央区八丁堀4—13—4 | 243 | 2.32 |
サンケミファ㈱ | 仙台市青葉区中央3—3—3 | 231 | 2.20 |
雨 貝 二 郎 | 柏市 | 226 | 2.16 |
㈱ニューヘヤー化粧料本舗 | 千代田区神田東松下町11 | 225 | 2.15 |
㈱柳屋本店 | 中央区日本橋馬喰町1—10—6 | 201 | 1.92 |
高砂香料工業㈱ | 大田区蒲田5—37—1 | 201 | 1.92 |
長谷川香料㈱ | 中央区日本橋本町4—4—14 | 187 | 1.78 |
甘糟化学産業㈱ | 中央区日本橋本町3—4—5 | 181 | 1.72 |
計 | — | 2,340 | 22.29 |
雨貝二郎
和43年4月 | 通商産業省(現、経済産業省)入省 | ||||||||||||||
平成9年1月 | 人事院公務員研修所長 | ||||||||||||||
平成11年7月 | 人事院公平局長 | ||||||||||||||
平成13年1月 | ㈱ダイエー代表取締役会長 | ||||||||||||||
平成16年6月 | 当社代表取締役社長 |
〇〇のところは、個人名なので、伏せました。
雨貝次郎氏は、日本アルコール産業の会長でもあります。
岡 留 伸一郎氏も、両方の役員です。 ともに経産省出身です。
この会社も10人の役員の内、4人が経済産業省出身です。
会社概要
株主
宝ホールディングス株式会社 (旧 宝酒造株式会社) 33.3%
協和発酵キリン株式会社 (旧 協和発酵工業株式会社) 33.3%
メルシャン株式会社 (旧 三楽オーシャン株式会社) 33.3%
協和発酵キリン株式会社 (旧 協和発酵工業株式会社) 33.3%
メルシャン株式会社 (旧 三楽オーシャン株式会社) 33.3%
第一アルコール㈱
2010年3月1日 |
メルシャン株式会社 100% |
メルシャン
- 当社と協和発酵バイオ(当社と同じキリンホールディングス傘下の協和発酵キリンの子会社)の原料アルコール事業を統合し、同社との合弁で第一アルコールを設立。
- 加工用酒類カンパニー(アルコール営業部除く)及び日光工場がキリン協和フーズと統合。
2011年7月1日 - 医薬・化学品事業を三井物産へ譲渡。
キリンは、三菱グループでしたよね。
株式会社ニューへヤー化粧料本舗
この会社、情報がほとんどありません。
会社概要
沿革
この会社非上場です。 社長の名前で検索すると、馬主っていうのが
出て来ますね。
サンケミファ㈱
1935年(昭和10年)10月27日
三丸製薬合資会社創立。戦時中は軍需省仙台地方燃料局嘱託として、
東北地方のアルコール配給の業務に協力。
三丸製薬合資会社創立。戦時中は軍需省仙台地方燃料局嘱託として、
東北地方のアルコール配給の業務に協力。
●1950年(昭和25年)6月
東北大学医学部細菌学教室より分離した部門を株式会社細菌化学研究所として設立
(社名命名者は赤痢菌発見者 志賀 潔先生)。生物学的製剤である、予防接種用
ワクチン・トキソイドなどの研究と製造に従事。平成12年に解散するまで、50
年間にわたり、国の感染症対策の一翼を担った。
東北大学医学部細菌学教室より分離した部門を株式会社細菌化学研究所として設立
(社名命名者は赤痢菌発見者 志賀 潔先生)。生物学的製剤である、予防接種用
ワクチン・トキソイドなどの研究と製造に従事。平成12年に解散するまで、50
年間にわたり、国の感染症対策の一翼を担った。
●1969年(昭和44年)6月
株式会社ニッセイを設立。現東京海上日動火災株式会社の損害保険代理業を開始。
●1984年(昭和59年)11月
食品部門として株式会社サンミックを設立。山之内製薬株式会社と業務提携し、 学校給食事業を開始する。
食品部門として株式会社サンミックを設立。山之内製薬株式会社と業務提携し、 学校給食事業を開始する。
この会社、由来がわからないのですが、志賀潔
1920年(大正9年)、慶應義塾大学医学部教授に就任したが、同年秋には朝鮮総督府医院長・京城医学専門学校長に転じた。1926年(大正15年)、新たに創立された京城帝国大学(現在のソウル大学)の医学部長に就任、さらに1929年(昭和4年)には同大学総長となった。
大学総長就任後の1930年、開学記念講演の「らいの歴史とらい病の研究」が、らい学会、医学部の一部の教授たちから非難されたことが、任期を満たさずに辞任したことのきっかけとなった[3]。この講演で、志賀は「らい患者には去勢を施せ、而して夫婦生活を許せ」「らい者救済の第一は去勢であって、らいの撲滅には最効果あり」という「平素の持論」を力説した[4]。藤野豊は去勢と断種の取り違えが原因だろうとしている[5]
以下は、731部隊の話ですが、上記の話と似た志賀潔の発言が出て来ます。
会社沿革
会社沿革
株式会社東松山カントリークラブ の有価証券報告書
石油資源開発株式会社 東京海上日動火災保険株式会社 東日本電信電話株式会社などとともに
甘粕科学産業が、東松山カントリークラブの大株主だったりします。
高砂香料については次回に譲ります。
見事に、民営化、私物化されちゃったわけですね。
日本アルコール販売株式会社 臨時報告書
2012年11月02日
平成25年3月期の中間連結損益計算書及び中間損益計算書において、751,511千円の特別損失を計上する見込み であります。
日本アルコール産業http://www.j-alco.com/
[2013.1]福島バイオコンプレックス構想の推進について(FBC株式会社による新たな取組み)(PDF)
2. 今般、事業の前提となる農地等の除染に関する世界最先端の技術(亜臨界の水熱爆砕処理によるセシウム分離技術)を保有する株式会社CDM コンサルティングと事業提携に合意し、今後においては、本社福島プロジェクト推進室の指導・助言を受けつつ、FBC株式会社(出資比率:日本アルコール産業グループ2/3、株式会社CDM コンサルティング1/3)が中核となり、福島バイオコンプレックス構想について、本格的な検討作業を加速いたします
(参考1) FBC 株式会社の概要
資本金1 億2 百万円
役 員 社長 雨貝 二郎
株式会社CDMコンサルティング
沿革
株式会社グリーンテックソリューション
※DBJキャピタル等より出資あり
私物化した同士で、さらにむしりとろうという様子がよくわかりますね。
御来訪ありがとうございました。